【国宝仏像】弥勒菩薩半跏思惟像(宝冠弥勒)【広隆寺】の解説と写真

最もファンが多い超有名国宝仏、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像、通称「宝冠弥勒」

最終更新日:2018年7月27日

木造弥勒菩薩半跏像(もくぞうみろくぼさつはんかぞう)

分類 国宝
ジャンル 美術品・彫刻
時代 飛鳥
構造・形式等 木造
国宝指定年月日 1952年11月02日
所有者 広隆寺
安置場所 広隆寺霊宝殿
所在・エリア 京都洛西

最も有名な仏像。
「宝冠弥勒」「弥勒菩薩半跏像」「弥勒菩薩半跏思惟像」などと呼ばれる。
所蔵している広隆寺には弥勒菩薩半跏像を2体あり、有名なこちらは通称「宝冠弥勒」、もう1体は像高90cmの小さな像で、泣いているようにみえることから「泣き弥勒」と呼ばれている。
本像は像高123.3cm、赤松の一木造。朝鮮半島で造像されたとの説もあるが定かではなく、文化財登録は日本の飛鳥時代の作とされている。
弥勒菩薩のほほえみは「アルカイックスマイル」と呼ばれダヴィンチの「モナリザ」にもたとえられ、また「東洋の詩人」とも呼ばれる。

弥勒菩薩は釈迦如来の次にこの世にあらわれ「弥勒如来」となり人々を救うと考えられ「未来仏」ともいう。
弥勒菩薩の半跏思惟の姿は、56億7千万年後に下生した際にどうやって人々を救うのかを考えている姿であるとも言われている。

仏心の一部には金箔が残っており、漆箔が施されていたことがわかっている。
本像は古い記録にも「金色弥勒菩薩像」とある。
光背もあったはずで、当時は金色に輝き光背を背にする姿で安置されていて、現在とは印象がかなり異なっていた。

片足を上げた座り方を「半跏」(はんか)
軽く右手を頬に当て考えている様を「思惟」(しゆい、しい)
といい、その両方の姿を取る仏像のことを「半跏思惟像」という。

本像によく似た仏像が朝鮮に残っており、飛鳥時代に日本で彫られたという説には異説もある。

広隆寺の霊宝館にて常時展示されている。

宝冠弥勒の写真

※ 小川晴暘 (1894-1960)『上代の彫刻』朝日新聞社、1942年(保護期間満了)

※ Japanese Temples and their Treasures, Vol.2, 1910 (Shimbi Shoin)(保護期間満了)

※ 石沢正男『日本美術全集 第3巻』東都文化交易、1953年(保護期間満了)

宝冠弥勒安置場所の地図

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