【国宝仏像】盧舎那仏(奈良の大仏)【東大寺】の解説と写真

最終更新日:2018年4月14日

銅造盧舎那仏坐像(金堂安置)(どうぞうるしゃなぶつざぞう)

分類 国宝
ジャンル 美術品・彫刻
時代 奈良〜江戸
構造・形式等 金胴
国宝指定年月日 1958年02月08日
所有者 東大寺
安置場所 東大寺金堂(大仏殿)
所在・エリア 奈良公園

像高14.9メートル。
奈良の大仏として広く親しまれている巨大な盧舎那仏。
造立の経緯、修復の履歴もかなり詳細に残っている。

聖武天皇の国家プロジェクトとして造立された。
天平17年(745年)につくりはじめられ、ほぼ4年の歳月であらかたの鋳造が終わり、鍍金が終わったのは天平宝字元年(757年)。
ほぼ11年の歳月をかけ、国中の胴を使って造られた。

完成20年ちょっと後には修理が必要となり、827年には傾いてしまい、仏像の後ろに山を築いて支えた。
855年には地震により頭部が落ちるという惨事に。
信仰に篤い当時の人々が頭部が落ちるという事故をどのように捉えたのか。。
すぐに修理ははじまり、861年に再度の開眼供養をおこなった。

平家の乱が吹き荒れた治承4年(1180年)、平重衡の南都焼討により東大寺・興福寺の伽藍の多くが焼失。
大仏は再度頭部が落ち、今度は手も折れてしまった。
東大寺を再興させた重源の尽力により修理がおこなわれ、文治元年(1185年)再々度の開眼供養となった。

その後も松永久秀の兵火で大仏殿が焼け落ちたり、大風雨による被害があったが、平和な江戸時代に入った元禄三年(1690年)、現在みることができる頭部が鋳造された。
度重なる災厄にあいながらも、右肘の内側から腹、膝前から両袖の大半、台座の大半は造立当初のもので(諸説あり)、太平洋戦争の被害に遭わず現在まで残っているのは奇跡に近い。

奈良の大仏は日本史上最大の大作であり、1300年にわたって日本人の心に残り続けてきた仏像である。

大仏の尊名である「盧舎那仏」とは、華厳経に説かれる「蓮華蔵世界」の中心仏で、この世界の中心、この世界そのものとされる絶対的な仏である。
密教の中心仏が大日如来だとすれば、顕教の中心仏はこの盧舎那仏となる。
ちなみに鎌倉の大仏は阿弥陀如来。

修学旅行生や旅行の中国人でごった返す東大寺大仏殿。
夏期は朝7:30分から開いているので、朝一で行けばほぼ貸し切り状態で静かに拝観できます。

奈良の大仏の写真

2004年に管理人撮影

脇侍も四天王も巨大



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